日本の眼

2010年。いつもの街を歩き電車に乗る。特に目新しくもない風景、いつもと同じ人々、ここ十数年そんなに変わったわけでもないファッション。21世紀も10年がすぎようとしている。かつて人々が考えたような「未来」の正体は、平凡すぎるくらいの「現在」で、当たり前だが現在とは「過去」から連続してつながっているものにすぎない。すこしガッカリするくらいに。

しかしもう一度良く見てみると、その見方はとても表面的だと気づく。実はここ数年で世界は劇的に変容してしまった ― この電車の風景では直接見えない世界の中で。インターネットを通したコミュニケーションは私たちの地球の上での物理的距離を無くし、いつの間にかどんな情報も世界中の誰とでも共有しあえる時代に私たちはいる。電車の向かいに座るいつもと変わらない隣人が、ポケットから「世界」の入り口を取り出して、じっと画面の奥を見つめている。

あらゆる文化は世界同時的に発信され、消費され、消えていく。ロンドンのクラブで流行っている曲が、旅先のNYの街角から聞こえ、東京に戻ると同じ曲がタクシーのラジオから流れている。私たちは人種も言葉も歴史も違う人と、同じ話題を熱く語り合うことができる。あの「国家」という近代の枠組みをすり抜けて、私たちは同じ地平でつながりはじめている。そしてこれはもっともっと遠くへ進んでいく。良い方にも、悪い方にも、色々な方向へ、もうとどめようも無く、否応も無く。

それはある意味では素晴らしいが、同時にひとつの危機をはらんでいる。「文化の均質化、画一化」という退屈な危機を。情報は確かに複雑になり多様化しているが、それを支える文化や人々の考え方は均質化してしまっている。同じ価値観、共通の言葉、似通った独り言、歴史を持たない村社会。ここで失われているのは何だろう?こんな時代の中で逆説的に独自の価値を高めていくものは何だろうか?

そのひとつは人が時間をかけて成熟させてきた文化や遺産、それを形作ってきた美意識だろう。それらは昨日や今日私が作ったものではなく、YouTubeで数秒のうちに共有できるものでもない。もっと身近で、あまりに身近すぎて見えなくなっているバックグラウンドであり、それゆえ人々の意識から徐々に消えつつある価値観である。

急速にグローバル化する時代だからこそ、このローカルなものの独自の成熟とそのリアルな手応えが、私たちの足下に地面があることを思い出させるだろう。情報の同時性を受け入れながら、それに流されない固有の美意識を積み重ねる事ができるだろう。

1957年、民藝運動の指導者 柳宗悦(やなぎむねよし)はその死の4年前、病床にありながら力を振り絞って『日本の眼』という一文を書いた。この渾身の小論は、半世紀たったいまの日本にもその射程を持つ強烈な現代批判であり、知性的な怒りと熱をはらんでいる。柳はこう書き始めている。

「東京にある国立近代美術館は『現代の眼』と題する月刊誌を出し、また同じ題目で展観を催した事がある。
しかるに不思議でならないのは、よくよく見るとそれがすべて「西洋の眼」なのである。さながら「西洋の眼」が「現代の眼」だとか、あるいは「現代の眼」は「西洋の眼」だとかいっているごとくで、私はそれに大いに反発を感じた。
<中略>
それで私は今なお病床にある身だが、衰弱を押してもあえて「日本の眼」と題する一文を艸(そう)して世に訴えたい志を起こすに至った。日本はもう「日本の眼」に確信を持ち、それを世界に輝かすべきだと思われてならぬ。徒らに大言壮語するなら愚かだが、日本はもう自信を抱いて、自らの見方を進めるべき時に来ていると思える。「日本の眼」を「西洋の眼」より鈍いと思っているのか。また「現代の眼」とならぬ遅れたものと卑下しているのか。私の考えでは、西洋で充分に発達していない鋭い深い見方が、「日本の眼」に豊かにあると思われてならぬ。それも間に合わせの、急ごしらえの見方ではない。」
柳宗悦 『茶と美』 p.314-315 講談社学術文庫 2000年

日本にとって近代化とは西洋化と同義語だった。だから柳にとってこれはモダニズムへの批判でもあった。21世紀の新しいグローバリズムは半世紀前の柳には無縁のものだが、彼の強い理念は今も確かに生き続けて私たちを鼓舞し、このタイトルを与えてくれた。

さて「日本の眼」というとき、「眼」とは何のことか?

「眼」とは美意識のことである。何が美しいか、何に美しさを見いだすか。その見方のことである。これはひとりひとりが自分の中で成熟させるものであると同時に、自分とは違うものを観て、触れ、多様な価値を学ぶ事から育つものでもある。

歴史性をもったその土地固有の美意識は、いつの時代でもいえることだが、「今」を生きる私たち一個人の上に反復され更新されなければ、次へとつながっていかない。だからこの問題意識は決して他人事ではない。私の意識であり、あなたの意識なのだ。

では「日本」の眼とは一体何なのか? 

それは他の眼とはどう違うのか。そもそもそのような眼はかつて存在し、存続し、今もあるのか。
これが私たちの古くて新しい問いである。しかし答えは「言葉」ではなく、眼に見える形で作り出すべきだと思う。なぜなら「眼」は、抽象的に考えるためではなく、具体的に物を見るためにあるのだから。
私たちは日本に生まれ、当たり前に生活をしているからこそ見えなくなっている「日本の眼」をこれから一つ一つmatohuらしい形で探っていこうと思う。ただし伝統や固定観念を踏襲するのとは違う形で、同時代の人々の胸をときめかせ、深い共感を得るような仕方で。

新しい「眼」は今まで通り過ぎていたものに私たちを立ち止まらせる。それはじっと見つめさせる。そして気づかせる。ありふれた世界をふいに衝撃を与える存在へと変貌させる。

そして私たちはまたひとつ「見ること」を獲得するのだ。それが終わりのない成熟の始まりである。世界はいつもと変わらず、私たちに見いだされることを、ただ静かに待っている。